神脇 隼人(かみわき はやと)
合同会社sofo代表社員/釜石市地域おこし協力隊
プロフィール:
千葉県佐倉市出身。1988年生まれ。早稲田大学を卒業後、大手不動産会社に就職。2018年7月に退職し、釜石市の起業型地域おこし協力隊(釜石ローカルベンチャー)として、釜石大観音仲見世通りの商店街活性化に取り組んでいる。同年12月、釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクトのメンバーと不動産活用を推進する合同会社sofo(ソホ)を設立。同社の事業第1弾としてクラウドファンディングを活用したカフェのオープン(2019年6月30日予定)に向けて準備を進めている。
何か新しいことを始めている人、何かを発信している人。そういった人々の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは、新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。
かつて20店舗以上の飲食店や土産店が軒を連ねた釜石大観音仲見世通りの商店街は、2017年12月に店舗数ゼロの「シャッター商店街」になった。地域おこし協力隊(釜石ローカルベンチャー)の神脇隼人さんは、自分らしい働き方・暮らし方を求めて釜石にIターン。商店街に再び活気を取り戻そうと挑戦を続けている。
サラリーマンでいることに抱いた違和感。自分らしく生きるために転職を決めた
——前職は都内の大手不動産会社に勤務していたそうですね。
前職では新築マンションの営業やマーケティング、会社の広告宣伝などの業務を経験しました。仕事はそれなりに楽しかったのですが、サラリーマンとして働いていることに違和感がありました。会社は年功序列的なところがありましたし、自分がやりたい「まちをつくる」仕事もできていませんでした。専門性もなく自分に自信が持てなくて、会社の看板がなければ何もできないんじゃないかという危機感がありました。もっと自分らしい生き方、働き方がしたいと思って30歳を前に転職を決意しました。
——なぜ、釜石を選んだのですか?
全国の地域おこし協力隊を検索すると、自分で事業をする「起業型」を募集している自治体がいくつかありました。その中でも、自分の経験がまちのために生かせそう、やりたいことができそうと思ったのが釜石でした。また、既に活動していた「釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクト」の代表・宮崎達也さんら、志をともにする仲間もいました。宮崎さんは一級建築士、自分は宅地建物取引士(宅建)の資格がありましたので、2人がそろえば何かできるのではないかという期待感がありました。
“正真正銘のシャッター商店街”を見て、「自分がやるしかない」と決意した
——初めて釜石大観音仲見世通りを訪れたとき、どう感じましたか?
釜石大観音仲見世通りに初めて訪れた2018年3月当時は、全ての店のシャッターが閉まっている、まさに“正真正銘のシャッター商店街”でした。これを見て、こここそが自らのこれまでの経験をフルに活用すべき場所ではないかという気持ちがすぐに湧いてきましたし、ここで多くのお店が再度オープンしていった姿を思い浮かべるとワクワクがとまりませんでした。50店舗中20店舗が営業しているような、いわゆる一般的なシャッター商店街だったら、自分じゃないほかの誰かがやればいいと思ったかもしれません。でも、ここは営業店舗ゼロであり、自分がやるしかないと運命のように感じ、釜石に来ることを決断しました。
——現在、取り組んでいる事業を教えてください。
①釜石大観音仲見世通りの商店街リノベーション事業
②釜石生まれの「コバリオン」という金属を使ったものづくり
(ジュエリー制作)
③民泊事業―の3つを行っています。
中でも①、②が活動の主軸になっています。
地域再生のモデルケースになりたい
——商店街再生の取り組みはどんなことをしていますか?
釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクトの活動として、マルシェの運営などを行っています。2018年12月にはプロジェクトのメンバーと合同会社sofo(ソホ)を設立しました。社名は仲見世通りの特徴である赤い屋根の色「赭(そほ)色」とリノベーションなどで倉庫街から文化発信地となったニューヨークの「SoHo」に由来します。sofoの事業第1弾が直営カフェ「sofo cafe」の開業です。お蕎麦屋さんだった店舗をリノベーションするため、クラウドファンディングで資金を募ったところ、延べ443人から439万円の支援をいただきました。資金が集まったことはもちろんとても喜ばしいことなのですが、それ以上に、これまでの活動ではなかなか表面化されてこなかった地元の方の仲見世通りの想い出を聞くこともできたり、これまで仲見世通りでの活動を知らなかった方へ想いが届いたと思うと本当にうれしかったです。
——なぜ、「カフェ」という業態を選んだのですか。
私が考えるまちづくりは、ただ綺麗な建物を並べても意味がなく、人の介在、そして人の想いの重なりこそがまちをつくっていくと思っています。そのためには、商店街に愛着をもってもらうことが必要であり、まず仲見世通りに必要なのは、いろいろな方が気軽に来られる空間です。
一般的にカフェは人が多くいるところでやるビジネスかもしれません。人通りの少ない商店街でやるのは普通に考えると厳しいことは分かっています。それでも私は、いろんな人の想いを重ねていくきっかけとして、この仲見世通りで釜石の「はじめにいくところ・いつもいるところ」となるカフェをやる意義があると確信しています。
——今後のビジョンを教えてください。
6月30日にはクラウドファンディングの支援者を招いて、カフェのオープニングパーティーを開催し、7月1日から通常営業する予定です。今年は釜石でラグビーワールドカップも開催されますし、できるだけ営業時間、営業日数は多くしたいと思っています。カフェには約30席あるため、イベントスペースとしても使っていただくことができます。地元の人に愛着を持ってもらい、友達や観光にくる方に「仲見世通りに行ったらいいよ」とお薦めしてくれるような選択肢の一つになりたいです。
自分の仕事はあくまでまちを盛り上げることですので、カフェを運営しながら第2弾の仲見世通りの空き家を活用したビジネスも企画していきます。また、この活動がほかの商店街や地域再生のモデルケースになることができたらいいですね。
もやもやして動き出さなかったら、何も変わらなかった
——「ものづくり」はどんなことをやっていますか?
2018年6月に「HABAYA.」というジュエリーブランドを立ち上げ、シルバーや真鍮のアクセサリーを販売しています。今後は釜石生まれの金属「コバリオン」を使ったものをラインナップに加えていきたいと思います。また、ワークショップのような形でコバリオンを使って結婚指輪の制作体験してもらうこともやっています。コバリオンは金属アレルギーの原因になるといわれるニッケルを抑制しながらもプラチナとほぼ同等の輝きを放つ金属です。とても丈夫で傷がつきにくく、人に優しい特徴を生かし、結婚指輪としてのブランディングに挑戦しようと考えています。
コバリオンで作った結婚指輪
——HABAYA.はどんなところで販売していますか?
主に米・フィラデルフィアの「rikumo」という日本製品を取り扱うセレクトショップに納品しています。このショップと取り引きが始まったのは、ブランドを立ち上げてすぐに、BtoC(企業と消費者間の取り引き)のイベントに出店したことがきっかけでした。後日、rikumoさん側から取引についての連絡が来た時は「こんなことって起きるんだ」と思いました。でもこれって、自分が一歩踏み出したから、周りの「コト」が動いたと思うんです。もやもやしたまま動き出さないでいたら、こういうことは起きなかったと思います。
HABAYA.のwebサイト(https://habaya.theshop.jp/)
——これから新しいことに挑戦しようと考えている岩手の若者にメッセージをお願いします。
自分らしい生き方をしようと思って動き出せば、自分の周りの「コト」は動き出します。私のように会社を辞めなくてもいいですし、会社員のままでも動き出すことはできる。スタートは小さな一歩でいいと思います。現状が変わることに不安もあると思いますが、動き出せば今が変わっていきます。
また、何か始めるときに自分よりスキルがある人がたくさんいて、自分でなくてもよいと思ってしまうことがあると思います。私も不動産会社で働いているときはそう感じていましたが、釜石に来ることでこれまでの経験を生かすことができましたし、場合によっては、場所を変えることで、自分を求めてくれる人がいるということもあると感じています。