長島 まどか(ながしま まどか)
漆掻き職人
プロフィール:1988年、埼玉県生まれ。専門学校を卒業後、広島県で化粧筆として有名な熊野筆の製造会社に7年間勤務。テレビ番組をきっかけに国産漆の生産が減っていることを知り、漆掻き職人を育成する二戸市の地域おこし協力隊「うるしびと」1期生に応募。2016年から3年間の修行を経て、2019年春に漆掻き職人として独立。漆の木片を使ったアクセサリーブランドも展開している。
何か新しいことをはじめている人、何かを発信している人。そういった人の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは、新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。
生産量、品質ともに日本一を誇る漆の産地、二戸市。浄法寺産の「浄法寺漆」は、国内生産量の約7割を占め、中尊寺や日光東照宮などの修理にも使用されています。漆掻き職人の長島まどかさんは、古くから伝承されてきた技術を引き継ぎながら、漆を使ったアクセサリーブランドを立ち上げるなど、伝統の世界に新たな風を吹き込んでいます。
自分の腕を試したり、一つの事を突き詰めたり、一生続けられる仕事がしたいと思った
-漆掻き職人を目指そうと思ったきっかけを教えてください。
前職は熊野筆の職人だったのですが、私は小学生の頃から歴史が好きで、特に日本史が好きだったので、博物館に行って歴史的なものに触れることも好きでした。なので、熊野筆の職人になる時も、インターネットで検索したのは「伝統工芸、絵付け、後継者」というキーワードでした。
熊野筆職人として働いていた当時、たまたま見たテレビの番組で、国産漆の生産量が足りていないことを知りました。その頃はまだその仕事を辞めるとは思っていませんでしたが、メーカーから受注を受けて商品を生産するという仕事だったので、メーカー側の求める品質をクリアすれば出荷、という環境でした。私自身は7年間その会社に勤めていて、もうちょっと自分の腕を試したり、一つのことを突き詰めたりしながら、一生続けられる仕事がしたいと考えた時期でした。
そこで、漆掻き職人が足りていないという話を思い出して調べたら、ちょうど二戸市が地域おこし協力隊の「うるしびと」1期生を募集していました。そんな時に、友人と伊勢神宮へ行く機会があって、そこでおみくじを引いたら、「今の場所で耐えるのもいいけど、思い切って次の場所に行ってみてもいい」みたいなことが書いてあったので、これは人生のかじを切ってみてもいいかなと思ったんです。
漆掻きに取り組む長島さん。1シーズンに約200本の木から漆を採取する
-見ず知らずの土地へ移住することに、抵抗はありませんでしたか?
熊野筆の職人として就職する時に、既に一度埼玉県から広島県に移住を経験していたので、抵抗はありませんでした。地域おこし協力隊の面接試験を受ける前に、一度二戸市に行ってみようと思い、2016年の3月に下見に来ました。初めて訪れたのですが、浄法寺地域は漆文化の歴史があるからか、外から来る人に対してもオープンな地域で、実際に移住してからも近所や知り合いが野菜をくれたり、お米を分けてくれたりと、とても親切にしてもらっています。地域に漆文化が浸透しているので、私の皮膚がかぶれていたりすると、「お、漆やってんだな」って声を掛けてもらったり、すぐに分かってもらえたり。そういう意味でも生活しやすい地域です。
山仕事の間はラジオが唯一の外界との窓
-長島さんの仕事や生活の流れを教えて下さい。
漆掻きのシーズンである6月から10月までは、大体夜明け前に起きて、ご飯を持って山に行き、昼まで仕事をします。休憩の後、午後は日が沈むまで仕事をして戻ってくるという生活です。なので、1年の半分くらいは山にいる生活です。山にいる間は、人と会う事は滅多にないので、ラジオを必ず持っていきます。ラジオが唯一の外界との窓です。漆を採った後も、山仕事があるので12月くらいまでは山に入る生活が続きます。
私の場合は、年間150~200本くらいの木から漆を採ります。1貫約3.75㌔の重さが漆を保管する樽の単位ですが、去年はトータルで14樽分取れました。シーズン中は毎日山へ行って少しずつ漆を採って、樽に集めて自宅保管しておきます。樽がいっぱいになったら、漆生産組合を通して出荷されます。
冬場は漆を採りにいけないので、12月から4月までの間は漆掻きはお休みです。その間にもできる仕事として、漆の木を使ったアクセサリー作りもしています。漆を採り終わった木は、その年に切ってしまうのですが、その木を何かに使えないかと思ったのがきっかけです。漆掻き閑散期のことを和名で「しわすうづき」といいますが、それをブランドの名前にしています。自分で切り出した木を小さく切って、形を整えて、自然の木目を生かしたデザインにしています。地域の催事やインターネットを通じた販売を目指しています。
漆の木片を利用したアクセサリーブランド「しわすうづき」の商品
しんどいなと思っても、続けていれば、そこが限界じゃなくなる
-仕事のやりがいはどんな時に感じますか?
その日に採ってきた漆の量を測って、前の週より全体量が増えていると「よし!」とうれしくなります。あとは採取したての漆の香りが好きです。しつこすぎなくて、とてもフレッシュで、いい香りです。山を歩く仕事なので、体力的にはきついですが、全体的にはとても楽しい仕事です。前職は座って手を動かす仕事だったので、1年目は足がガタガタになりましたが、今は斜面などでも漆を取れるようになりました。初めの頃は全身にかぶれが出て、かゆくて寝られないようなこともありましたが、私の場合は、「まぁそんなものだろう」と面白がって、顔がかぶれた写真を撮って親に送ったくらいでした。道具を持つ手も腱鞘炎になりました。それでも、漆を触らず仕事はできないので、続けていました。そうすると、不思議なんですが、人の体って慣れるものなのか、今はあまりかぶれなくなりました。その時のこともあって、しんどいなって思った時、そこで終わってしまうと、そこが限界になっちゃうけど、続けていると限界じゃなくなるということを学びました。
-大変な思いをしても仕事を続けられるモチベーションはどこから来るのでしょうか。
「うるしびと」になって一年目の冬に、日光東照宮を見学に行く機会がありました。そこで、国宝である漆塗りの陽明門を見た時に、すごくうれしかったんです。自分が採った漆が最終的にここへ来て、修繕や改修に使われていると思うと、自分の仕事がとても誇らしく感じました。今年も後輩の「うるしびと」と一緒に行ってきましたが、実物大の模型で修復作業を体験させてもらうことができました。使う漆は持参して、塗りを体験させてもらったのですが、とても貴重な経験でした。日光東照宮でもおみくじを引いたんですが、仕事運に「今の仕事が一番良い」と書いてあって、ますます「やったー!」とうれしい気持ちになりました。
-仕事をする上で大切にしていることは、どんなことですか。
できるだけ木をよく見ることです。漆が出るか、そうでないか、全部で大体200本くらいの木の特徴をよく見極めて一本一本記憶しています。この木はどれくらい削れば漆が出るのか、枝ぶりや雨の降り具合、葉っぱの広がり方などを見て記憶していきます。木を育てるような感覚に近いかもしれません。漆を採るための傷も、最初は少しずつ付けて行って、木にも学んでもらいます。どれくらい傷を付けたらいいかということは、一本一本の特徴に、天気や雨量をプラスして判断しています。私は今でも探り探りですが、木によって傷を付けるとすぐに漆を出して固まってしまうタイプと、少しずつでも長い時間漆を出してくれるタイプとか、いろいろです。木の性格や〝やる気スイッチ〟みたいなものを探るためにも、よく木を見てあげるようにして、異変を1ミリでも見逃さないようにしています。
前職で熊野筆を作っていた時も、材料となっていたのは動物の毛だったので、個体差によって毛先も違っていました。それを手で触った感覚で判断して、きれいにそろえて商品に仕上げる「逆毛取り」という作業があるのですが、漆掻きも、かんなが木肌に当たった手応えで、傷を付ける深さや長さを見極める、感覚がとても重要な作業です。自分の感覚が頼りなので、一生続けられる、こんなにいい仕事はないなと思っています。
誠実に真面目にやっていたら、自然と周囲も動いてくれる
-最後に、これから新しいことを始めようとしている岩手の若者にメッセージをお願いします。
誠実であることを大切にして欲しいです。仕事でも、私生活でも、真面目にやっている人を蹴落とそうとする人は、なかなかいないと思います。もしいたとしても、誠実でいれば、周囲の人がかばってくれたり、フォローしてくれたりということもあります。もちろん、油断すれば蹴落とされるので、努力を惜しまないことも大切です。
私の仕事は自然を相手にしているので、自分のしたことが直接自分に返ってきます。だから、真摯に素直に、正直に木と向き合うことを大切にして、これからも仕事を続けていきたいと思っています。
仕事運「今の仕事が一番良い」と書かれたおみくじを手に笑顔の長島さん
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