取材対象者:北田 公子(きただ きみこ)
対象者プロフィール:
岩手県花巻市出身。岩手大学を卒業後、大手旅行会社や盛岡市教育委員会、公益財団法人盛岡市文化振興事業団に勤務。2014年にトラベル・リンク株式会社を設立し、体験型や着地型観光を軸に、地域の特色を生かした旅行商品を提供している。1968年生まれ。
何か新しいことを始めている人、何かを発信している人。そういった人々の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは、新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。
工房や酒蔵訪問などのまち歩きや防災学習ツアーなど、特色ある旅行商品を提供する盛岡市のトラベル・リンク社。代表取締役の北田公子さんは、岩手県内で地域と結び付いた着地型観光を提供する草分け的存在として、旅の新たな可能性を探っている。
大手旅行会社での勤務や文化財調査員として働いた経験が
地域の魅力に気付くきっかけに
—— 社会人生活をはじめてすぐのころは、どのような経験を積まれたのでしょう?
岩手大学を卒業後、最初に就職したのは名古屋市に本社を置く大手旅行会社でした。旅行会社は就職先として人気で、男女雇用機会均等法が施行されたばかりだったこともあり、多くの女性社員も入社しました。盛岡支店に勤務しながら、新規飛び込みの法人営業や国内外の旅行の添乗などを担当しました。当時は企業の社員旅行や招待旅行も盛んで、新人でもどんどん仕事が来た時代だったので、やりがいがありました。同僚だった夫と結婚後、長女の出産を機に8年間勤めた会社を退社しました。
—— 退社後はどのように過ごしていましたか?
それまでたくさんのお客さまと触れ合う仕事をしてきたこともあり、何もしないということは選択肢にありませんでした。元々の、家にいるより外に出たい性格も相まって、出産から約半年で、盛岡市教育委員会の非常勤職員に応募しました。
—— 盛岡市教育委員会ではどういう仕事をしていたのですか?
学生時代に取得した学芸員の資格を生かし、文化財調査員として原敬日記や旧第九十銀行(現もりおか啄木賢治青春館)など市内の文化財指定や歴史資料の調査に関わりました。前職で全国各地を飛び回ってきたのとは対照的に、歴史的資料にじっくり向き合う時間が多かったので「盛岡には価値はあるけど、知られていないものがたくさんある」と、これまで知らなかった地域の魅力に気付くきっかけになりました。
—— 自分で起業しようと思ったのはなぜですか?
盛岡市教育委員会での仕事を通じて「これとこれが結び付いたら面白い商品が作れるのに」というアイデアが浮かんでいました。世の中でもアウトバウンドからインバウンドに旅行のニーズが変わってきた頃でしたが、県内に着地型観光を専門に手掛けている会社はまだありませんでした。旅行会社で培った経験と、地元の良さを伝えたいという思いが結びついて、2014年2月に起業しました。
地元の会社だからこそ、双方向の関係性を築くことが大切
—— 起業してすぐの頃はどんな仕事があったのですか?
当時、東日本大震災後の支援活動に携わっていた夫を通じて依頼された被災地支援ツアーや、復興に当たる工事関係者の宿泊施設紹介などの仕事が主でした。しかし、仕事を続ける中で、会社としての特色が出せるオリジナルのツアーが必要と感じるようになり、盛岡市内を散策するまち歩きツアーや八幡平エリアのツアーを企画しました。
—— 初めてツアーを企画した際の感触はどうでしたか?
初めて開催したまち歩きには、まず地元住民が参加してくれました。普段何気なく通り過ぎている街並みを歩いて巡ることで、普段入ることのない店に立ち寄ったり、知らなかった商品を手に取ったりするきっかけ作りにつながりました。回を重ねるごとに、訪れる店の店主が話し上手になっていったこともうれしかったです。外から評価されることが、地域に生きる人の自信につながっていくということを感じました。
—— 大手旅行会社で働いていた時と起業した今ではどう違いますか?
大手では、お客さんを観光地へ送り込むことが目的で、関係性は一方的と感じていました。今は地元の会社として、地元の人たちと良い関係を作ることが一番大切だと思っています。まち歩きツアーでは散策先の商店や住民と、いかに良好な関係を築くことができるかが重要です。地域の人とつながりが生まれることで、関係性は双方向になり「地元の人こそが一番の財産」と感じるようになりました。
望まれた場所で、どれだけ自分を磨き上げられるか、深められるか
—— 今年はラグビーワールドカップや三陸防災復興プロジェクトなど、多くの人が本県を訪れることが見込まれます。三陸沿岸地域の魅力をどう感じていますか?
三陸には、さまざまな郷土芸能や食文化などが存在するため、地域ごとに個性があると感じます。そうした特色が三陸の最大の魅力であると思います。
—— 震災から8年が経過し、今改めて三陸を訪れる人に伝えたいことはありますか?
まず「知ること」を一番に、そして「震災で経験したことを伝えようとしている人がいる」ということを知ってほしいと思います。将来どこでどんな災害が起きるかは分かりません。被災地で感じたことを、自分の地域に持ち帰り、防災を見直し、考えて欲しいと思います。
—— 北田さんが旅を通じて伝えたいことはなんですか?
大切にしているのは、また来たくなる、関わりたくなるような旅です。例え再び来られなかったとしても、大切な人への贈り物に、旅で出会った地域の特産物を使ったりして、後々までつながってもらいたいです。旅がそのつながりを作る入り口になれたらいいと思っています。
—— これから新しいことに挑戦しようと考えている岩手の若者にメッセージをお願いします。
若いうちからやりたいことが明確な人はあまりいないと思います。大半はなんとなく就職していると思いますが、働いている以上は、自分が望まれてそこにいるという意識を持って欲しいです。望まれた場所で、どれだけ自分を磨き上げられて、深められるか。そこをとことん追求してほしいです。極限まで挑戦できるのは若い時だけです。今いる場所で、自分の弱い部分や能力や癖、優れた点を知り、やりきったと言えるものを持って欲しいと思います。