ライター T.Saito
何か新しいことをはじめている人、何かを発信している人。そういった人の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。
多田 陽香(ただ はるか)
Next Commons Lab 遠野コーディネーター
Iwate, the Last Frontier 共同代表
事業内容:ローカルベンチャー支援、関係人口創出、観光ガイド
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プロフィール:遠野市出身。横浜国立大学教育人間科学部在学中、好きな映画の舞台であったキューバへ1年留学。社会問題である移民や貧困、文化の違いに対して現地でフィールドワークを通じて地域の在り方を調査。その後、2014年都内のIT企業に就職したが、日本での新たな働き方を実現すべく、2018年地元である遠野へUターン。現在、遠野市地域おこし協力隊のサポートとIwate, the Last Frontier(以降、ITLF)の活動を行い、遠野や岩手の魅力発信に取り組んでいます。
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ー学生時代に海外留学を目指したきっかけは?
中学の頃、映画好きな両親の影響で海外に対してシンプルに「かっこいい」とか憧れの気持ちがあり、英語に興味を持ちました。その後、異文化や国際交流を学べる大学に行きたいと思い、横浜国立大学へ進みました。
大学では、帰国子女の方や海外ボランティアに興味がある人達が多く、夏休みと冬休みの長期の休暇を利用した短期留学が活発に行われていました。私も、大好きな映画の舞台に行きたいと思い、大学の休暇中に1ヶ月キューバへ行ったのですが、そこからドはまりして帰国して半年後には手配を整えキューバに1年留学しました。キューバに対しては、社会主義国で少し怖いイメージが持たれているかもしれませんが、全国民が医療を無償で受けることができたり、大学院まで教育が無料だったり、医者が多く乳児死亡率が低いなど、あまり知られていない良さも多くあり、とても新鮮でした。
留学期間が終わる頃、キューバにそのまま残り就職しようと考えていましたが、キューバ人と同様の生活になると1ヶ月の給料が約24ドルくらいでしたので、気軽に日本に帰れなくなるだろうと思いました。また、別の方法として日系企業で働くということも考えましたが、現地採用が非常に少なく留学期間で決めることはできませんでした。早い時期からPCに触れ自分でwebサイトを作ったりするのも好きだったため、結果として帰国後、世界的にどの国でも発展が見込まれるIT業界に入ろうと、都内のIT企業に就職することを決めました。
留学先のキューバでの光景
ーIT企業を辞めて遠野にUターンした理由は?
新卒で都内のシステム会社のエンジニアとして、早めにポジションをいただきながら様々な仕事を担当してきました。しかし、大学時代に社会問題に関心を持ち、行政やNPOと関わることが多かったのに、会社と家の行き来だけの環境に収まっている自分に以前とのギャップを感じました。さらには、都心での働き方にも疑問を抱きました。朝の満員電車の生気がなく殺伐とした雰囲気は苦手でしたし、仕事内容はリモートでもできるのに時間や場所に拘束されることに違和感を覚えました。そこで、都心で仕事をするのと同等の責任と刺激を得られる環境を求め、地方に移住することを考えました。
とある休日に都内で開催されている移住フェアに参加し、ラテンの雰囲気に近いかもと思い最初は関西方面の自治体の話を聞いていました。会場内には自分の出身地である岩手のブースもあり、一応パンフレットを持ち帰ったところ、その中に「THE TONO BOOK」という冊子がありました。自分の知っている遠野はこんなおしゃれな冊子を作れるわけがないと思っていたので衝撃を受けました。しかも、内容を見たらとても面白く、若者が起業を目指すために遠野に集まってきているということがわかりました。地元で何か凄いことが起きていると内心ワクワクしながら仕掛け先を調べて行くと、新たな地域のあり方を模索しローカルベンチャー事業を行っているNext Commons Lab(以降、NCL)に辿り着きました。
Uターンのきっかけになった「THE TONO BOOK」
ー現在、取り組んでいるIwate, the Last Frontierの活動についても教えてください。
八幡平、遠野、釜石などそれぞれの土地で文化や歴史に触れるツーリズムやプログラムを提供するメンバーが集まって2020年に始動したプロジェクトです。県内各地のローカルガイドが連携して行うツーリズム事業の開発から始まりました。
訪日外国人にとっても、国内旅行者にとっても、旅先として岩手の認知度はまだまだ低い現状がある中で、人は何を求めて岩手に来るのか。岩手の魅力とは何なのかをメンバーで深く深く掘り下げていったところ、古から続くアニミズムの精神ではないかと気付きました。恵みをくれる山を信仰する心、不思議な佇まいの巨木、巨石などへの敬意や畏怖の念など、厳しい自然と向き合い共生してきた歴史は、人と自然の関係性を表現する郷土芸能の多様さからも感じ取れます。昨今SDGsが話題になっている現代で、持続可能性のヒントが岩手に散りばめられており、世界に発信できるメッセージがあるのだと思います。日本人が持っていた精神性が最後まで残っていくのが、岩手ではないかという想いが、Iwate, the Last Frontierというプロジェクト名にも込められています。
今後、ツーリズム以外にも、新たな学び、この地で生きることの誇り、新たな価値観を提供するため、研修プログラム、オリジナルコンテンツの開発など、様々な活動を展開していきます。今年はまず、岩手の認知度の向上と魅力発信を目指し、ITLFが伝えたい岩手の世界観を表現する特別企画展を2人のアーティストとコラボレーションして開催します。
自分もそうだったのですが、岩手の人は自分自身のことや地元のことを”大したことない”と思っている節があって、「岩手はすごい」って何度も外の世界を見てきた人から言われないと良さを認められない気質があると思います。次の世代には自分の住む地域に誇りを持って生きてもらいたいので、対外的に岩手の魅力発信を行い、外の人との交流の機会を作っていくことがプロジェクトのミッションです。価値の転換を起こしていくことなので、この活動は数十年かかる心づもりでいます。
大岩に秘められたエネルギーを感じる旅人
ーどのように海外へ情報発信を行っているのですか?
実は積極的にアプローチして海外へ発信しているのではなく、ひたすらローカルを突き詰めたことによって思わず道が拓けてきた感じがあります。今回特別企画展でコラボレーションする湿板写真家のエバレットさんをはじめ様々な方が、私たちが地域の文化や歴史を深堀していることを面白いと魅力を感じてくれて、プロジェクトに賛同してくださいました。遠野を中心に博物館を巡って学芸員さんに話を聞いたり、山に入って巨石と信仰を調査したり、先輩ガイドさんに金山跡地を案内してもらったりしていますが、そうしてローカルを掘り下げていることを面白いと感じてくれた方がいて、グローバルに道が拓けることがあるのだと思います。また、東京に住んでいる時に比べて遠野に来てからの方が、様々な人に会っています。遠野の取り組みを知るため全国の自治体が来るなど、遠野にいることで全国の方が来てくれていますね。
岩手に来た外国人旅行者に郷土芸能と遠野地域について説明する様子
ー仕事をする上で大切にしていることはどんなことでしょうか?
目の前のやるべきことによく目が行きがちですが、それが長期的にどのような価値になるか、誰にどのようなメリットがあるのかを考えるようにしています。元々、私はシステムエンジニアで情報整理や労務改善をするのが得意な「HOW」を考えるタイプです。地方はやりたいことがあって、ガンガン進めるタイプの人が多いので、地を固めるようにストッパーの立ち位置も持たないといけません。一度立ち止まって俯瞰してみたときにプロジェクトがどうなるかを考えて行動することを意識しています。みんなが盛り上がっている中でも、チームのバランスを意識して自分は冷静に見る役割が多いかなと思います。
協力隊が関わった商品を元に今後の展開について打合せをされている様子
ー多田さんにとって岩手はどういった場所ですか?
四季が明確にあってその喜びが大きいところだと思います。都内だと雪が降らず1年通して変わらない景色でしたが、岩手だと長い冬の間はまるでモノクロの世界で人もあまり出歩かない。けど春を迎えて暖かくなると外の景色にも彩が出てきて、体から喜びを感じます。都内に住んでいる友人から聞いたのですが、コロナ禍で人と外食しなくなったことで、自分自身で食べるものを決める日々が続き、選ぶことに疲れることがあるそうです。岩手では、四季が食べるものを決めてくれます。5月になったら山菜、夏は夏野菜、冬は寒締めほうれん草などが採れる。まさに食の宝庫だと思います。
仕事に関しては、何かやろうと考えてから実現までのスピードが速いところだと思います。遠野で活動していると自然とネットワークが生まれてくるので、一緒にできる人を見つけて、コンタクトを取ってすぐアクションを始められる良さがあります。人との繋がりが固いと思います。
自然豊かな森の緑と、空の青さの間に位置する遠野市
ー最後に何か新しいことへ挑戦しようとしている岩手の若者へメッセージをお願いします。
若い方には自分の知らない世界を一度見て欲しいです。身近な体験方法としては、地域で仕事をしている人に沢山話を聞いてみることです。そして、自分の両親や親戚の方に小さい頃のことや、なぜ今の仕事に就いたのかなど聞いてみることが初めの一歩になります。もし、私たちに話を聞きたいというのであればぜひ遠野に来てください。ふらっと遊びに来た遠野の中高生と将来の話をしたり、海外に興味がある方と留学話をしたりします。自分と世代が異なる人と関わることで、他の経験をしている人の話を知ることができるので、自分の世界が広がると思います。
キューバ生活を堪能されていた頃の1枚