新山 直広(にいやま なおひろ)
合同会社「TSUGI」代表、デザインディレクター、
京都精華大学伝統産業イノベーションセンター特別共同研究員
プロフィール:1985年、大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。卒業後の2009年福井県鯖江市河和田地区に移住。応用芸術研究所を経て、鯖江市役所在職中の2013年に「TSUGI」を結成、2015年に法人化。
何か新しいことをはじめている人、何かを発信している人。そういった人の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは、新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。
福井県鯖江市に移住したことをきっかけに、伝統産業の商品開発から販路開拓まで一貫して行うデザイン事務所「TSUGI」を立ち上げた新山直広さん。「TSUGI」には、 “次”の時代に向けて、その土地の文化や技術を“継ぎ”、新たな視点を“注ぐ”ことで、新たな関係性を“接ぐ”という思いが込められています。今回は、「いわてつがく」の番外編として、2月8日(土)に盛岡市で開催された、いわて若者カフェ「第5回カフェミーティング」での講演会の内容を中心に、「創造的な産地を作る」ことを目標に活動する新山さんの思いを紹介します。
イノベーションを繰り返してきたまち、鯖江。
僕は大学卒業と同時に福井県鯖江市へ移住して、3年間鯖江市役所で勤務しました。今は「TSUGI」というデザイン会社をやっていて、行政出身のデザイナーです。「TSUGI」は、アルバイトを含め8人の事務所です。平均年齢28歳の、とても若い会社で、働いている全員が移住者です。
鯖江は眼鏡のまちで、国内シェアの約96%が鯖江産です。眼鏡も有名ですが、それ以外にも、越前和紙や刃物、タンスや越前焼、繊維産業など、半径10㌔以内に7つぐらいの産業が集積しているまちです。岩手県ともつながりがあって、江戸時代には田植えが終わると福井の人たちが浄法寺まで漆を採取しに来るなど、親交があったようです。観光地としては弱くて、一番有名な観光地が東尋坊という自殺の名所と呼ばれる場所です。でも、ものづくりっていう強みがあるので、今はこれを生かして、わざわざ来てもらえるような産地を目指す取り組みをやっています。
僕が活動している河和田地区は、4,200人しかいない集落なんですが、そこに50~100人くらいが移住している移住のまちです。僕は大阪出身ですが、福井のいいなと思うところは、時代に合わせたものづくりをしてきたところです。今は「イノベーション」という言葉がありますが、まさにその繰り返しをやってきたまちだと思っています。工芸は大きく言うと、美術工芸的ないわゆるアートっぽい工芸の世界と、生活産業という日常使いの工芸の二つの世界に分かれると思っていて、福井県は完全に後者です。どうやったらその時代に合ったモノを作れるかを考え技術革新を繰り返してきた。そういった地域なので、新しいモノに挑戦することができる土壌があり、移住者が来てもそんなに排他的でもなく受け入れてくれているのかなと思います。
目指すのは流通までできるデザイン事務所
基本的に僕らはデザイン事務所として活動しています。僕は地域活性化がしたくて鯖江に来たんですが、活動していく中で、ものづくりのまちなんで、経済が潤わないと無理だということに直面してしまって。じゃあ自分に何ができるかって時に、このまちに必要なのはデザインだと思い、デザイナーを志しました。「壮年会」っていう地域の40~50代の世代の寄り合いに入って、「僕デザイナーになりたいです」って言ったんです。そしたら、大反対を受けて。「俺らはデザイナーが大嫌いだ」と。「なんでですか」って聞いたら、「バブルの時はデザイナーがたくさん来た。でも好き勝手やっていっただけで、全く売れなかった」と。その時に思ったのは、地方でデザインするとか、ものづくり産業をデザインするということは、売るところまで、どれだけ考えるかがすごく重要だということです。なので、僕は流通までできるデザイン事務所を目指して起業しました。
地域の原石を見つけて、磨いて、伝えることで、きちんと価値化していく
創業当初の2015年に、「創造的な産地を作る」というビジョンを掲げたんです。どういうことかというと、福井は基本的にはものづくりのまちですが、いわゆる「OEM」と呼ばれる、注文があって初めて作る手法が主で、自社商品はほぼ無かったんです。そのため、景気が悪くなると、会社が潰れてしまうということが結構ありました。このままじゃ立ち行かないので、自分たちの商品を作ろうと、ここ10年くらい頑張っているんです。「作るだけ」の産地から、「作って売る」産地にすることが、僕らがデザインを通してできることです。「地域の原石を見つけて、磨いて、伝えることで、きちんと価値化をしていく」ということです。職人さんにもいろいろな人がいるんですが、後継者もいないし、割と後ろ向きな人が多い。でも、このまちはずっと時代に合わせたものづくりをやってきた。ただ、バブルの時にちょっと儲けすぎてから、思考停止している部分があるなと思っていて。そこから、自分で考えて行動できる会社や職人さんがどれだけ増えるかっていうことが、すごく重要だなと思っています。そういう人たちの熱量を、どう上げるかを大事にしています。そうすることで、自分で考えて行動できる、能動的な人たちがたくさんいるまちになることが、地域の持続につながるのではないかと。そういう思いを込めて、ビジョンを作りました。
「支える」「作る」「売る」「醸す」。仕事の基本は4つのキーワード
合同会社「TSUGI」の4つの理念
具体的にどういったことをしてるかというと、僕らは「支える」「作る」「売る」「醸す」の4つのテーマで仕事をしています。まず「支える」は、デザインを通じて産地企業を下支えするということです。僕らの売り上げの7割くらいはこの仕事です。一般的な言葉でいうと「ブランディング」。その会社や会社の作ったものの価値をどう上げるか、ということで、例えば、ロゴマークやパンフレット、パッケージを作ったりする仕事です。
2つ目の「作る」ですが、僕らは流通までできるデザイン事務所をやりたいと思っていて、流通を学ぶために、本を読んだりしたんですが、本当のところは、やってないから分からない。だったら、自分らでブランドを作って、その中で経験したことをお客さんにフィードバックしていく方が、よっぽど意味があるんじゃないかと思って、いくつかブランドをやっています。特に、メインでやっているのは、「Sur(サー)」というアクセサリーブランドで、眼鏡の素材であるアセテートやチタンを組み合わせたものです。初めは利益が月2千円とか、恥ずかしいくらいだったんですけど、今では大体1千万円くらいの売り上げで、国内外50店舗で扱ってもらっています。このアクセサリーを通して、モノを作って売るということや工場の人たちの気持ちを教えてもらって、ちょっとは成長したなと思っています。
3つ目が「売る」というところで、商品を作るお店はたくさんあるんですが、そこから販売しないといけない。そんな中でやっているのが「SAVA!STORE」という行商型のお店で、そのヒントになったのが、岩手ともつながりがある「越前衆」です。越前衆というのは当時、岩手に(漆の採取のために)向かう途中、和紙とか刃物や着物などを担いで、その道中で売り歩いていた人たちです。その中で、いろんな土地の情報を仕入れて、また帰って来て、村人に還元することをしていたそうですが、これが「めっちゃ素敵やん!」と思って。僕らは現代の越前衆になろうと思って、福井のいいなと思ったものをいろいろな商業施設を通して、そのまちの人たちに伝えています。
最後の4つ目「醸す」ですが、さっき言った職人さんの熱量をどう上げるかということです。今僕らが一番力を入れているのが「産業観光」です。このまちに来てもらって、工房見学を通じて産地のファンになってもらおうというイベント「RENEW」を2015年からやっています。普段は開放していない工房を3日間だけ開いて、作っている工程を見てもらうことで、全然見方が変わると思うんです。それで愛着を持って使ってもらおうということをやっています。初めは小さいイベントだったんですけど、最近は参加工房も増えて、200㍍くらいの小さな通りに、工房を改修したお店がたくさんできました。これが年1回のイベントだけじゃなく、通年のイベントになっていければいいなと思って今取り組んでいます。
アクセサリーブランドSurの商品
物事を計画して正しい方向に最適化することがデザイン
この4つを踏まえて、全体像でどういうことをやっているかというと、単純にデザイン事務所なんですけど、やっていることはデザイン事務所の領域を超えていると思っています。僕たちは自分たちのことを「インタウンデザイナー」と名乗っているんですが、定義としては、広義のデザイン視点を持って、その土地の地域資源を生かした最適な事業を行うことで、地域のあるべき姿に導くということです。単にグラフィックスやWEBを作るだけじゃなくて、もうちょっと本質の部分、事業の根本からお手伝いしたり、販路はどうなっているのかを考えたりすることも大事だと思っています。デザインという言葉の根本は、計画とか設計という言葉が起源です。ていうことを考えると、デザインは、物事を計画して正しい方向に最適化する、そのことの方が大事なんじゃないかと思っています。
デザインの骨格になるのはリサーチ
仕事のプロセスとしては、まずリサーチが大切だと思っています。リサーチがデザインの骨格になるなと思っていて、どういう商品を誰に向けていくらでどういう流通でやっていくのかという、5W1Hみたいな考え方で商品製作をやっていきます。最近の事例として、まさに生まれてほやほやのブランドですが、「Food Paper(フードペーパー)」というプロジェクトを紹介します。
このプロジェクトは、五十嵐製紙という越前和紙の老舗からの依頼で始まりました。五十嵐製紙は、創業100年の家族経営の会社で、特徴は、手すき和紙や機械すきという大量生産型の和紙のほか、大きい建材系和紙もやっていることです。実際に会社がどういう状況か調査したんですが、OEMが98%で、ふすまと壁紙という建築用素材が主力でした。ここ15年くらいの出荷額は2分の1くらいに落ちていて、特に原材料が問題でした。和紙は、コウゾやミツマタ、ガンピという植物の繊維を絡み合わせて作りますが、コウゾは全盛期に比べ生産量が1.2%くらいに落ちていて、トロロアオイは茨城県の主な生産農家が廃業してしまい、海外輸入に頼らざるを得ないような状況でした。
その中で、僕らがやるべきだと思ったことは、「紙の可能性を広げる」ことだったんです。そこで、逆にピンチの部分をチャンスにできると思いました。そもそも和紙は自然からできているけど、それが採れなくなっている。そこを解決することがキモになるなと思って、ヒントになったのが、五十嵐さんがふすまを作るときに、珪藻土とか貝を混ぜるっていうことだったんです。それで、「もし、ゴボウとかがコウゾの代わりになったら面白いですよね」って話をしたら「それうちやってんねん!」って出てきたやつがやばかったんです。
三方良し。こんな楽しい仕事はない。
五十嵐さんの次男の優翔くんは、今中学2年生なのですが、小学校4年生から中学校2年生までずっと、身近にある食べ物や植物から紙を作る研究を続けていました。松葉とかお父さんのおつまみのピーナッツとか。強度試験もやっていて、僕はもう鳥肌が立ちまくって、「もうこれしかない!」と思ったんです。
洋紙でも和紙でもない、全く違うマテリアルで、これこそ新しいジャンルだと思ったんです。しかもアップサイクルみたいなものや、フードロスとか廃棄野菜といった課題解決にもつながると思いました。コンセプトは「土に返る、野菜や果物から作られた、食物由来の紙製品を作ろう」と、ネーミングは「Food Paper」にして。最終的には野菜からできたノートやポストカードになるなと。商品として売るのはもちろんですが、僕が狙っているのは、OEMが取れるってことです。例えばワインのラベルだと、ブドウの紙でやった方が絶対にイケてると思って。包装紙でも、お茶屋さんの包装紙だったらお茶の紙でやろうとか。リサーチというよりも、何が素敵かって言ったら、僕デザイン、ほとんどしてないんですよ。息子のアイデアをお母さんが取っておいて、それを商品化していって、しかも三方良しっていう、それってめっちゃすてきって思って。僕自身もこんな楽しい仕事ないなって思いました。
「五十嵐製紙」が作る野菜や果物から作られる紙文具ブランド「Food Paper」
最終的な目標は「ものづくりしたい人の甲子園」
地域の熱量をデザインするために、もう一つ、「まち/ひと/しごと」という「RENEW」の特別企画をやっています。いろんな地域の人たちが集まって、福井の人たちにその商品や職場のことを知ってもらうことで、彼らの凝り固まった思考を爆発させるというイベントです。このイベントや「RENEW」を通して考えたことは、そもそも有名じゃない福井のものづくりをいかに知ってもらうかということ。もう一つは、人の目に工房をさらすことで、職人さんのやる気とか気づきにつながるということ。そういう外への気づきとか中への気づきっていうのがありました。
コンセプトは「来たれ若人」なんですが、僕らが「RENEW」を通して目指している最終的な目標は「ものづくりしたい人の甲子園」みたいな、若い人たちが「ものづくりしたいなら福井だ」というような状況を作っていきたいと思っています。「RENEW」で得たモノでいうと、工房ショップが17店舗に増えて、4年間で8人が「RENEW」をきっかけに工房で働くことになりました。あとは勢いのある産地ということが世の中に浸透して、仕事をもらえることになったり、起業したり、職人さんがやる気になったりということですね。やっぱり地域の気づきみたいなものを作っていくことが大事かなと思います。最後は熱量です。僕は熱量人間なんで、とにかく熱量でしか動けないので、人としてもそうだけど、イベントをしていても、それってみんなの熱量の結晶でしかないなと思います。
若者カフェで講演する新山さん
自分がこうだって思った道をチャレンジすることが大事
-講演後に、新山さんから、これから新しいことを始めようとしている岩手の若者へメッセージをいただきました。
人生一回なので、死ぬときに「おなかいっぱいやった」とか、「人生超最高やった」とかって思って死んだ方が、僕は幸せ度高いなと思っています。それはやっぱりお金持ちだとか、名誉とかではなくて、自分の人生がどう良かったかって思って死んだ方がいいなと。僕の場合は、両親を割と早くに亡くして、その時「なんで自分だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ」とネガティブになったこともあったけど、そんなこと思っても何にもいいことなくて。だったら、後悔しないようにちゃんと生きた方がいいなっていうのが、自分の今の人生なので、チャレンジした方がいいと思う。
あとは地方では特に、お父さんお母さん、学校の先生が、将来の弊害になることがあると思っていて。なぜなら世代が違うのに、「これはこういうものだから」と押しつけになってしまって、地方の子は余計に素直なんで、そのまますくすく育っちゃう。なので、もしかしたら、大人がその可能性を奪っている可能性も無くはないと思うんです。だから、そういうのを全て信じるんじゃなくて、自分がこうだって思った道をチャレンジすることが大事だと思います。
あとは岩手でも、若い人が県外へ流出してしまうという問題があると思いますが、僕はぶっちゃけ一回出た方がいいと思うんです。ただ、帰って来る環境を作るのは僕らの仕事。「このまち面白いから帰ってこよう」と思えるようなまちを作らなきゃいけないと思う。だから、しっかり学んで、しっかり戻って、しっかり楽しく生きておなかいっぱいで死にましょう!
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