2016.11.22(火)

タイトル「いわてびと」

〜 番外編 地域のなかでしなやかに生きるー遠野市・地域おこし協力隊 山田泰平さん 〜

    

いわてで活躍するいわての若者や団体を紹介する「いわてびと」めっけ!

※「めっける!めっけだ!」は、岩手県など東北地方の方言で「見つけた!」「発見!」という意味。

今回もコネックさんではなく、岩手県庁の若手職員が若者を取材しました!
遠野市・地域おこし協力隊の山田泰平さんをめっけ!

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 山田泰平さんは、神奈川県で生まれ、大学時代から全国各地の「地域づくり」に関わってきました。大学在学中に発災した東日本大震災津波の復興支援で、東北の沿岸地域や遠野市でボランティアやそのコーディネーターとして活動されました。2015年11月から「地域おこし協力隊」として、遠野市に着任し、廃校の利活用等の地域づくりに携わり、今年10月、遠野の地場産品を集めたカタログギフト「遠野市のギフト」を作成しました。
 
1 地域意識の芽生え
―全国各地の地域づくりに関わり、遠野市の地域おこし協力隊として活動する山田さんの原点は「地元」にありました。人や自然との関わりを楽しみ、大切する姿勢は、父の影響を大きく受けたと話します。

山田:小さいころから地元が好きでした。

わたしは神奈川県藤沢市で生まれ育ちました。わたしが生まれたころは、田んぼや畑に囲まれた風景が残っていました。また、地域のつながりが強く、小さいころから父に連れられて商店街の面白い大人とたくさん出会うことができました。このことが、いまのわたしの原点かもしれません。

大学時代は、新潟県長岡市の地域づくり活動に取り組んでいました。新潟は、過去に新潟県中越地震を経験し、その影響を受けてなくなりかけた集落が数多くありました。その中のひとつの集落で古民家を再生し、若者を受け入れる活動をしていました。この活動を通じて地域の中に飛び込まないと感じることができない「文化」や「伝統」を肌で感じることができました。

2 岩手と遠野に出会い

―復興支援や地方創生の文脈のなかで、山田さんのように、県外から多くの人が岩手を訪れ地域と関わるという、大きな人の流れが生まれました。実際に岩手を訪れたみなさんの心をつかんだのは、「文化」や「伝統」というキーワードだったのかもしれません。

山田:東日本大震災のときは、バングラデシュにいました。

帰国後、「友だちの友だちは東北にいる」という思いから、迷うことなく被災地に足を運び、宮城県の気仙沼で泥かきのボランティアなどをしました。その後、大学として定期的に東北支援のボランティアバスを運行することが決まり、支援活動を続けました。2011年の夏には、内陸と沿岸を結ぶ遠野市に長期間滞在して、ボランティアのコーディネーター役を務めました。

遠野では、市内の各地区に伝わる郷土芸能が披露される「遠野まつり」が毎年9月に開催されています。滞在していたときに自分の肌で感じた地域住民のお祭りに対する姿勢や熱意に、率直に「いいまち」だなと心を動かされました。都会の人は、郷土芸能が身の回りにないので、「文化を残そうとする」姿に憧れを感じるのだと思います。

3 「遠野市」とそこに住む「彼女」と結婚したい!
―仕事を決める、住む場所を決める、という人生のなかでも大きな決断をした背景には、愛する人の存在がありました。地域おこし協力隊としての山田さんの新たなチャレンジは、まさに、膝を突き合わせて住民と語り合うところからはじまっています。

山田:大学を出て、1度は民間の出版社に就職しました。

この仕事をしなければ出会えない人、できないことが沢山あり、やりがいを感じる自分もいましたが、「自分がやるべき本当の道は他にある」と決意して1年で退社しました。その後、これまでお世話になってきた地域や、自然災害の被害を受けた山形県や兵庫県などで活動しました。そのとき、遠野でグリーンツーリズムを通じた地域づくりを行っているNPO団体の求人募集を目にし、遠野に再度赴くことになりました。その年の「遠野まつり」で同じ町から出ていた妻と出会い、かけがえのない地域になったのかもしれません。その後、一度は地元神奈川に戻ったものの、地域おこし協力隊として、再度移住しました。

地域おこし協力隊としてのミッションは、廃校になった小学校の利活用です。すでに、複数の団体が校舎内に事務所を構え、本の貸し出しやフリースペースなどが整備されています。今後、公民館などの市内の公共施設が次々と寿命を迎えるなかで、比較的新しいこの校舎をより多くの住民に利用してもらえるような環境を整えたいと考えています。

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住民と一緒にこの校舎のあり方を話し合う時間を大切にしています。

4 遠野の「いいもの」お届けします
―自分の住む地域を誰かに自慢したい!という強い思いを、すぐに実現させる山田さんの行動力。そんな熱い思いをもって行動する彼を応援しようと思う人が、遠野の中にも外にもたくさんいました。

山田:妻と結婚式を挙げるときに、地元神奈川の友人たちに、自分が住んでいる遠野にはこんなにいいところ、いいものがたくさんあることを、自慢したいと思っていました。そんなときに、「地元のギフト」という仕組みを知って、これだ!ということになりました。

「地元のギフト」とは、生鮮食品や加工品などの地場産品と生産者の想いが描かれた10枚前後のカードをギフトとして送り、受け取った方が、その中から好きな商品を選んで申し込むと、旬の時期に生産者から直接商品が届くというものです。

株式会社地元カンパニー(東京)と提携し、妻と二人三脚で「遠野市のギフト」事業を立ち上げました。実際に市内の生産者を回って取材を重ね、10月28日から販売を開始しました。市民の方はもちろん、市外に住む遠野出身の方や、盛岡市で結婚式を挙げられる方など、様々な方に手にとって遠野を感じてもらいたいと考えています。

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「究極の薬味・暮坪かぶと遠野そばギフト」「遠野味噌醤油・民話漬ふるさとギフト」など地場産品11品から選べます。

5 地域おこし協力隊という地域への入り口
―徐々に認知されはじめてきた「地域おこし協力隊」という仕事の意義や可能性を的確に捉え、その生き方を最大限に生かし、自分のものとしている山田さん。これまでもこれからも、他者に流されず歩む道のりとは。

山田:地域おこし協力隊は任期が決まっているので、将来的には起業したいと考えています。任期である3年間は、地域の中に入り、自分の足で立っていくためのものだと考えています。今回お話した「遠野市のギフト」はその事業のひとつです。

ただ、わたしには妻という家族がいますし、将来的には子どもを授かりたいと思っています。なので、まずは遠野にある企業に就職して家族との時間を大切にしながら、地域づくりの活動に関わり続けたいと思います。あくまで現時点での考えですが、起業はその次のステップです。

「遠野市のギフト」の取材で、地場産業で働く方とお話していると、地方の中小企業にはパソコンを使えて、「よそ者」の視点を持っている人が求められているということが分かりました。地域には動ける人が少なく、例えばまつりの人手不足は、深刻なものになっています。

よその地域に出向いて好き勝手やれるのがボランティアの特権ですが、地域に「住む」ということは、「責任」「覚悟」を持つということだと思います。「誰かの役に立ちたい」という大それたことではなく、「ご近所さんが困っていたら手助けしてあげる」のはごく自然なことです。

 過度に気負ったり無謀な目標を立てたりするのではなく、地域の新しい「住民」として、自分の役割を冷静に分析している山田さん。その姿勢は、地域の中で、強く優しく、そして、しなやかであるように見えます。それぞれがそれぞれに「岩手」と向き合っている私たちは、外から来た「住民」のこのような姿勢から、自らが忘れてしまっていたものや気づいていなかったことを、学ばなければならないのかもしれません。

 

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友人を招いて東京でお披露目パーティを行いました。

「遠野市のギフト」のご案内

ホームページ:https://gift.jimo.co.jp/contents/okuru/iwate-tono/

Facebook:https://ja-jp.facebook.com/tono.gift/