いわてつがくとは…
何か新しいことをはじめている人、何かを発信している人。そういった人の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。

鈴木 煌人 Kirato Suzuki
学生団体FCAI 代表
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プロフィール:
盛岡市内の高校に通う3年生(2026年1月現在)。2024年1月1日の能登半島地震発生直後、自身の中に沸き上がった「震災を経験した岩手の人間として、何かできることはないか」という強い衝動に突き動かされ、わずか3日後の1月4日に学生団体FCAIを設立。
当初は数名で始まった活動も、SNSや口コミを通じて共感が広がり、現在では中学生から大学生まで約130名が所属する組織へと成長しました。能登の特産品販売や、岩手の学生が企画運営する文化交流イベント「盛燈祭」の実施など、学生ならではのアイディアと実行力で活動の幅を広げている。趣味は動画撮影と編集。元さんさ部としての顔も持ち、現在は勉学に励みながらも、「地域プロデューサーになりたい」という将来の夢に向かって、岩手の若者の先頭を走り続ける。
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※インタビュー内容および所属は、取材当時のものとなります。

2011年の記憶と、2024年の衝動
- 2024年1月1日に能登半島地震が発生しました。そのわずか3日後に団体を立ち上げられたそうですね。その時の状況を詳しく教えていただけますか。
私はそれまで、ボランティアには全く興味がなかったんです。元々、生徒会活動などを通じて誰かの意見をまとめることは好きでしたが、社会貢献活動をバリバリやるタイプではありませんでした。
転機は2024年のお正月。テレビから流れてくる能登の映像を見ていました。それまで、岩手で育った僕たちにとって、津波や震災の映像はどこか見慣れてしまった感覚がありました。しかしその番組では、自分と同じくらいの高校生が、必死に支援活動に打ち込んでいるドキュメンタリーが特集されていたのです。
その時、猛烈な無力感に襲われました。自分は岩手で生まれ育ち、震災の時は多くの人に助けられ、温かい思いに救われたのです。しかし今、同じような状況で苦しんでいる人がいる状況を、自分はただこたつで見ているだけ。
「このままじゃいけない」
その衝動だけで、1月3日から4日の約6時間で、団体の設立を決めました。親にも相談せず、その場で団体名を考え、ロゴをCanvaで作り、インスタグラムのアカウントを開設したんです。
▲鈴木さん制作のFCAI設立当初のロゴ
─ 行動力がすごいですね。「FCAI(Future Connect Actions from Iwate)」という名前には、どのような想いを込めたのでしょうか?
直訳すれば「岩手から未来へ、行動をつなぐ」です。暗いニュースが続く中で、少しでも明るい未来になってほしい。そして、思うだけじゃなくアクションを起こしてほしい、そんな願いを込めました。
ネーミングについては、設立を考えた6時間のうち、9割ぐらいの時間を費やしました。アルファベット表記のまま「エフシーエーアイ」と読むと少し言いづらいので、「エフシーアイ」としました。「from Iwate」には、僕たちが震災を経験した岩手の学生であるという意味をこめています。
3歳の記憶が使命感に変わる時
─ 鈴木さんご自身は、東日本大震災の時はまだ幼かったですよね。
当時は3歳でした。盛岡に住んでいて、保育園から家に帰るまでの道のりや、家で何が起きていたか、断片的ながら鮮明に覚えています。記憶が残るのは3歳頃からと言われていて、当時の記憶が残っていることが僕にとって使命感の原点なのかもしれません。
岩手の教育現場では、震災学習が非常に盛んです。中学校の頃までは正直「また震災の話か」と、どこか他人事に感じていた部分もありました。街は綺麗になり、復興が進んでいるように見えていたからです。
でも、能登の映像を見た時、心の奥底に眠っていた震災の恐ろしさや、語り継がれてきた助け合いの大切さが、パズルのピースがはまるように繋がったんです。「岩手に差し伸べられてきた救いの手を、今度は自分たちが差し出す番だ」という感情が湧き上がってきました。
学生だけの場だからこそ、生まれるリーダーシップ
─ 設立から1ヶ月後の2月4日には、すでに最初の募金活動を行っていますね。設立当初からどのようにしてメンバーを集めていったのですか?
最初は、本当に知識がゼロでした。まずは、アイーナ(現キオクシア アイーナ)の中にあるNPO活動交流センターに通い詰めました。また、YouTubeや本で、人を集める方法や組織の作り方を必死に学びました。ボランティアは、意識が高そうだったり、どんな団体がやっているのかが不安だったり、ハードルが高いイメージが自分の中にはありました。だからこそ、僕は何よりも「信頼」を大切にしました。2月4日の第一回目の活動に向けて、学生団体だからといって甘んじることなく、きちんと準備をしているという姿を見せたいと考えました。
最初は6人からのスタートでしたが、2月の募金活動には23名が集まり、7万円もの寄付をいただくことができました。そこから「盛岡という星で BASE STATION(盛岡市菜園 パルクアベニューカワトクcube-Ⅱ)」で話し合ったり、SNSでの発信を強めたりする中で、岩手県内の学生が次々と集まってくれました。
今では、アクティボ(ボランティア情報サイト)などを通じて、中学生から大学生まで約130名が登録しています。
▲第一回目の募金活動の様子
─ FCAIの特徴は学生主体であることだと思います。大人を介さない活動に、こだわりはあるのでしょうか?
そこはすごく大切にしています。大人がいると、どうしても正解を求めてしまいます。学生が何か言おうとしても「間違っているんじゃないか」と言われることで萎縮してしまい、行動範囲を狭めてしまいがちです。その結果、リーダーシップを取れる人が育たなくなってしまうんです。
例えば、不登校の人やフリースクールに通っている人など、学校という枠組みの中で息苦しさを
感じている学生もいます。でも、学生だけの世界なら、どんな意見を言ってもいい空気が作れま
す。言い合いになることもありますが、それも含めて自分たちの言葉で対話することが、本当の
居場所作りに繋がると思っています。
ビジネスメールの作成やデザイン制作も、全部自分たちでやります。学生だからできないのではなく、学生だけでここまでやる、というプライドがメンバーの自信になっているのです。
“輪島塗”で能登の伝統を岩手で繋ぐ
─ 活動内容は、募金活動からより具体的な地域還元へと進化していますね。
2024年の8月頃までは毎週のように募金活動をしていましたが、能登の状況も少しずつ落ち着いてきた中で、「今、本当に必要な支援は何か」を考えるようになりました。
そこで取り組み始めたのが、輪島塗の再生支援です。震災後、ひと月経った頃に現地へ行った際、仮設住宅へ移るために、狭いスペースに入りきらない輪島塗を捨てざるを得ない方々がたくさんいました。代々大切にしてきた輪島塗を捨てるのは、あまりにも忍びないと思ったのです。「一般社団法人SAVE IWATE」の方々と協力して、それらを洗浄し、岩手県内のマルシェや道の駅で販売する活動を始めました。
また、林野火災で打撃を受けた大船渡市でワカメ漁をされている中野えびす丸の漁師の方と繋がり、ワカメ収穫やホタテ洗浄のお手伝いもしました。2025年6月からは、現地で収穫したワカメやめかぶを盛岡で販売しています。
▲漁師の方のお手伝いをした際の様子
─ 11月には団体名をリニューアルし、文化交流イベント「盛燈祭(もりとうさい)」も開催されたんですね。
そうですね。単なる震災支援で終わるのではなく、活動で得た知見や行動力を、岩手の地域課題
にも還元したいと考えたんです。「お祭りに若者が来てくれない」という自治体の悩みに応えたり、市役所の方々と連携したり、幅広く声を集めました。自分たちのアイディアが形になり、誰かの心を動かす。運営会議で、メンバーが目を輝かせながらアイディアを出し合っている姿を見るのが、代表として一番「やってよかった」と思える瞬間でした。
迷った時のマイルールと、支えてくれる周囲の存在
─ 高校生活との両立は、並大抵の努力ではないと思います。活動する中で、困難を感じた場面はありますか?
実は、2024年の3月で一度活動を終わらせようと思っていました。でも、メンバーたちが「次はこれをやりたい」「こんなアイディアがある」と熱く話してくれるのを聞いて、辞めるわけにはいかないなと思い、ここまで走ってきました。
リーダーとして決断を迫られる場面も多いですが、自分の中に判断基準があります。それは成功
している未来の風景が見えるかどうか、です。
盛燈祭の時もそうでした。当日の風景、人々の笑顔、明かりが灯る瞬間……それが自分の頭の
中で鮮明にイメージできたから、突き進むことができました。もちろん、現実的なお金の話や、失敗した時のリスクは、信頼できるメンターや親に相談しながら詰めていきますが、最後は”理想の姿”を信じられるかどうかで決めています。
▲2025年7月13日、盛岡市大通にて盛燈祭は開催されました
一歩踏み出せないあなたへ
─ これからのFCAI、そして鈴木さん自身の夢を教えてください。
FCAIとして、これから活動規模をあえて縮小していく時期も来るかもしれません。学生はアイディア力に優れていますが、実行力や継続性は大人の方が持っています。だからこそ、大人の皆さ
んに遠慮なく「こうしたい!」と言える社会、そしてそれを大人が面白いと感じて支えてくれる関係性を作っていきたいです。
個人としては、地域創生を学べる学部に進学する予定です。将来は地域プロデューサーや地域コンサルタントと呼ばれるポジションに就きたいと思っています。地域の魅力を引き出し、経済効果を住みやすさに還元できる存在が目標です。
─最後に、この記事を読んでいる同世代の学生へメッセージをお願いします。
「何かしてみたいけど、自分には何もない」と思っている人こそ、ぜひFCAIに来てほしいです。最初から大きなことをする必要はありません。
小さな輪に、勇気を出して入ってみたり、誰かに自分の想いを話してみることから始めてみてください。その小さなアクションが、いつか必ず地域や自分自身の未来へと繋がっていきます。
FCAIの活動も、深夜の勢いで始めたことがここまで続いています。一歩踏み出した先には、同じ志を持つ仲間と、温かく迎えてくれる岩手の地域が待っています。一緒に、面白い未来を作っていきましょう!
▲「何かをやってみたい!」と考えている岩手の学生さん、お待ちしています!
終わりに
鈴木さんのお話を聞いて印象的だったのは、”使命感”という強い言葉を使いながらも、その根底にあるのは「楽しいから」「仲間がいるから」という、等身大な動機であることでした。大人がいない場にこだわり、時にぶつかり合いながらも自分たちの言葉で未来を語るその姿は、
かつて支援される側だった子供たちが、自らの意思で支援する側へと立ち上がった、たくましい成長の象徴のように映ります。
能登をはじめ、震災の時にお世話になった方々への恩返しというアクションを通じて、未来を創るエネルギーへと変換していくFCAI。彼らの活動は、遠く離れた被災地に寄り添うことで、結果として私たちの住む街の未来を照らしていくでしょう。
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取材・執筆:ChrisDesign 菊池 春香

