2015.8.31(月)

タイトル「いわてびと」

〜 特集記事第7回 佐藤柊平さん 〜

    

「いわてびと」めっけ!のコーナーでは、いわてで活躍するいわての若者や団体を紹介していきます! 「めっけ!」は、岩手県など東北地方の方言で「見つけた!」「発見!」という意味です。

第7回は、地域共創プランナーとして「ふるさとづくり」をキーワードに岩手と東京を往復しながら地域づくりに奔走する、佐藤柊平さんにお話を伺いました。復興支援でもボランティアでもない新しい岩手との関わり方を実践する、佐藤柊平さんをめっけ!

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◎佐藤柊平(さとうしゅうへい) 1991年岩手県一関市出身。明治大学農学部で地域づくりや農山漁村政策の事業分析等を学ぶ。東日本大震災発災後は、地元に隣接する陸前高田市や気仙沼市等を中心に、各地で復興支援活動を実施。震災から約4年間、毎月東北と東京を行き来する生活を送っている。2012年に地域支縁団体ARCHを立ち上げ複数の復興支援事業やTokyo Youth Conference for 3.11等の立ち上げに参画した。その後、都内の企業に勤務しながら、2014年に東北ふるさとづくりパートナーズを立ち上げ、官公庁、企業、NPO等と東北における新しい人と地域の関わり方づくりを実践中。

特集【第7回】 大海に飛び出せ!先輩を追い抜け!佐藤柊平さん
1.佐藤柊平さんって?

私は1991年に、岩手県の一関市大東町というところで生まれ育ちました。大東町は、2005年に旧一関市等、計8市町村が合併して新一関市となりました。山間の町だったので、小さいころから自然が好きで、日が沈んでしばらくたつまで家に帰ってこないくらいに外にいることが多かったです。地元の人達と交流すること、特にお祭りに参加するのが非常に好きで、そういった環境の中で地域に愛着を持って育ったといいますか、そういう少年時代だったかなあと思います。

学校の部活では野球部や応援団などをしていたのですが、それとは別に、親から一眼レフを借りて、「写真」を撮り始めたんですね。地元の美しい里山の風景や文化に触れ、何もないと思っていた地域に対して、「良いところがあるな」、と思うようになりました。地元の魅力に気付いたと言いますか。写真を撮っていると、いろいろな地域の人たちと知り合うようになって、農業やお仕事の話を聞いたり教わったりしました。そのような環境で中学から高校時代を過ごしたので、自然と地域課題を意識するようになりました。

何か地域のためになることをできないかな、地域づくりみたいなものをどこで学べばいいかということを考えて、外から岩手を見られる視点を持った方が客観的に地域をより深く洞察できるんじゃないか、ということから県外の大学を志望していました。
元々は地域づくりは公務員がやるような仕事だという認識があって、行政関係の学部を選んだ方が良いと思っていたのですが、進学先を相談をした相手から「地域の活性化のためには地元の基幹産業である農業を学ばねばいけない」と説明されました。その直後、たまたま書店で明治大学農学部の小田切徳美教授の『農山村再生』という本に出会い、この先生のところで学びたい!と思ったんです。僕は文系だったのですが、文系でも入れる学科が明治大学農学部にあったので、受験することに決めました。

入学直後、モチベーション高く、「気合を入れて勉強してやろう!」と思って入学したのですが、そうでない人も多々いるわけで・・・。それは多様性なのでしょうがないとは思うのですが、そこで若干モヤモヤしてしまって。そんなときに雄弁部(他大学だと弁論部)と出会いました。一つのテーマについて学んでディスカッションすることで自分の主義主張をいろんな人に説得したり伝えるための話し方や考え方などいろいろと学べるものがあると感じました。そして、喧々諤々と議論するのって、大学生らしいな、と(笑)。 雄弁部で大会に出る準備や練習等もあったりで、専門家の方や著名人にアポイントをとって話しを聞きに行ったり、いろんなイベントに出まくって知識や人のつながりを得ることばかりしていました。

ちょうど帰省で岩手にいた大学1年生の終わりに東日本大震災が発生して、雄弁部の重要な役職に就いていましたが、その当時は、とても座って議論している気になれませんでした。すぐ近くの陸前高田市と気仙沼市が大変な状況にあるなかで、いま自分は東京に戻るべきじゃないと思い、部活の予定などを全てキャンセルして支援活動を行いました。震災から6日目(2011年3月17日)。最初にやったことは、支援物資の収集と小さな避難所等への配送です。地元の知り合いに声をかけ、車を出してくれる人と物資を集めて、陸前高田市や気仙沼市、足を延ばして大船渡市にも行きました。コーディネートできる人って、意外と少ないということと、両方の土地柄や感覚も持った上で動くことへの重要性を感じながら、4月中旬まで岩手に残って活動を続けていました。

2.佐藤柊平さんのアクションforいわて
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復興支援の前半、2011年の時はボランティアとか人出がかなり必要だった時期で、現場のリアルな情報を東京側で伝える活動をしないといけないなと考えて、まずは大学の友人に声をかけてボランティアに行こうと思いました。2011年6月に1回、8月に2回。延べ人数で言うと50〜70人ほどで、陸前高田市と気仙沼市のボランティアセンターを介してボランティア活動をしました。

東京では復興支援関係のイベントに出て、一緒に動ける人や連携できる人を探しているうちに、東京にいる岩手出身の人たちと何かしたいという話になり、「この震災は、たくさんの人や組織の縁が重なり、支えあって復興を進める」、というコンセプトの地域支縁団体ARCHという団体を立ち上げました。2011年の夏に、岩手県の沿岸と内陸の人が腹を割って話す機会がないと感じていたため、何が必要なのか内陸側はどう関わればいいのかというのを公の場で明らかにしてみようという企画を考えました。一関市長の基調講演と陸前高田、一関両市のゲストを招いてパネルディスカッションをする「いわて復興支援シンポジウム」を開催したこともあります。

そこからはほぼ毎週岩手に来るようになり、そこで沿岸の人たちと交流する機会があり、今まで自分が知らなかった土地の人や行事、料理や風習などの文化に触れる機会が生まれ、東京に出ることで「井の中の蛙」感を味わったんですが、地元・岩手でも知らないことがあるなという事に気づきましたね。

こうした復興支援活動は、2013年の初めくらいまで行っていたのですが、被災地の状況がどんどん変化していて、被災地を助けにお手伝いしに行く、というよりも一緒に何かを作っていくような関わり方、復興支援ともボランティアとも徐々に違う、新しいコンセプトや旗印が必要なのではないか、という意識が出てきました。その時に「ふるさとづくり」という言葉に出会い、大学生で同じ問題意識を持った人たちを中心に、2014年の4月に「東北ふるさとづくりパートナーズ」という任意団体を立ち上げました。復興支援というのをきっぱりやめて、「ふるさとづくり」でいわてにコミットしていくという意識に移行をしました。

今は株式会社ココロマチという、地域プロモーション事業に取り組んでいる会社で、ウェブマガジンの立ち上げやイベントの運営、コンサルティング業務などに従事しています。総務省の地域おこし協力隊という制度で、都市部から地方へ、地域課題を解決するための人材募集やプロモーション企画にも関わっています。

◎東北ふるさとづくりパートナーズとは◎
”ふるさとづくり”という価値や仕組みの提示を通じて、自分の故郷に積極的に関わったり故郷ではないがその地域に特別な想いを持ってその地域に関わり続ける仲間づくりを行います。“ふるさとづくり”とは、「ある場所に心を寄せること(精神的態度)と、そこに関わること(実践的態度)の繰り返しである。」という定義がされています。(※首相官邸「ふるさとづくり有識者会議」報告書より)ここで言う「ふるさと」とは出身地域だけでなく、「各人が特別な感情を抱く場所」を指します。「復興支援」でも「地域活性化」でもない、人と東北の新しい関わり方を創出していきます。

3.佐藤柊平さんの思う、いわてのミリョクって?
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いわてのミリョクは「時間」であると思っています。

東京で働いているとどうしてもせわしなくなってしまって、、、自分を振り返ったり立ち止まったりする時間があまりないんです。いわてって自然の豊かさを感じる「時間」、旬の食べ物や取れたての食材を味わう「時間」、岩手の大地の中で自分の生き方を振り返る「時間」であるとか、そういう大切な時間を過ごせる土地であるということが、ミリョクだと思っています。

その「時間」を作っているものはなんでしょうか?

色々あるなと思っていて、ミリョクある食べ物をいただくことのできる「時間」とか、移動している時に車窓から季節の移ろいを感じたり、自然の中に身を置いてふるさとの自然の雄大さを感じる「時間」とか、東京での生活に比べて、大切な人とゆったりとした「時間」を過ごせると感じています。

時間、というのは面白い切り口、感じ方ですね。

いわては「夜の時間」があるのも良いと思っていて、東京にいると遅くまで働いて飲みに行って、家に帰ってすぐ寝て、起きたら会社へ、という生活になってしまいがちなんですが、いわてだとあまり夜遅くまで働いたり出歩いたりすることがなく、そのぶん大切な人と語らう時間も取れる。そういう色々な環境すべてが、「心と体を整える、自分を大事にする時間」を提供してくれているのではないかなと思っています。

4.佐藤柊平さんから、若者へのメッセージ!
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「若者は、いま最前線を走っている大人を越えていく努力をしななきゃだめだよ。それをしないのは、若者の怠慢だ」と、僕の尊敬する方からいただいた言葉です。全くその通りだと私も考えています。大人(=諸先輩方)を超えていく為には、まずは動き続けるということが必要だと考えていて、自分が見える視野をどんどん広げていくことが大事。「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉がありますが、井の中の蛙になってしまってはいけなくて、大海に出て、自分を高めていかなければいけないと思います。

こういう言い方をするとハードルが高いように感じるかもしれませんが(笑)、いわての若者のみなさんも自分の周りにある視野を広げるためのきっかけを拾っていく自分のアンテナを張ってみてください。是非、①情報や社会動向、自分の興味分野のアンテナを高く張って、②いろんな人や物事に自ら会いに行って感性を磨き、③新しいチャレンジをする数を増やしてみてください。そうすると、全く知らなかった世界が見えたり、成長した自分に出会えるはずです。僕もまだまだ修行中なので、いわてをより良くするチャレンジを、一緒に始めましょう!東北ふるさとづくりパートナーズでも随時メンバーは募集していますので、いつでもご連絡ください!!

大海に飛び出せ!先輩たちを追い抜け!
佐藤柊平さんの熱いメッセージ受け取っていただけましたでしょうか?
一見真面目そうな佐藤さんですが、ひょうきんで親しみ易い一面も沢山あり、最後はコネックさんと笑顔の写真をいただいちゃいました。
次回もいわてで活躍する方を引き続き取材していきます。 お楽しみに!!


◇佐藤柊平さんの紹介ムービーを公開!

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