2026.3.5(木)

“そっと”寄り添い、岩手の誇りを醸成する  株式会社Sott 代表取締役 高橋 舞衣さん

    

いわてつがくとは…

何か新しいことをはじめている人、何かを発信している人。そういった人の多くは、何かしら自分なりの「哲学」を持っているように思えます。「自分が大切にしたい哲学」を考え、見つけることは新しいことを始めるときの手がかりになるのではないでしょうか。「いわてつがく」は、そんな思いのもと、さまざまなフィールドで活躍する人たちの「哲学」を紐解いていく連載です。

高橋 舞衣 Mai Takahashi

株式会社Sott 代表取締役

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プロフィール:

岩手県北上市出身。新卒で都内のHR系企業を経験後、静岡のスタートアップ支援企業で採用支援・組織構築に携わりました。激務の中で身体のサインを無視し続けた結果、自身の不調に気づき未病ケアへの重要性を痛感。静岡県の方々の強い郷土愛に触れたことを機に、故郷・岩手へのUターンを決意。早稲田大学MBA在学中に「株式会社Sott」を設立されました。現在は、生産量日本一を誇る東北産ホップの香りに着目し、睡眠に寄り添うウェルネスケアブランド”Sott”を展開しています。「忙しい日常のなかに”ひと呼吸の余白”」を提案するとともに、一次産業に新たな付加価値を与え、誰もが自分を蔑ろにせず、しなやかに挑戦し続けられる社会の実現を目指しています。

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20代、身体のサインに気付かぬまま走り抜けた日々

── noteを拝読しました。「身体の小さなサインにも気付かず突き進んでいた」という20代の頃のお話が印象的でしたが、当時はどのような生活を送られていたのでしょうか?

今にして思えば、自分のことを後回しにした生活でした。
新卒で都内のHR系企業に入社し、幅広い業務に携わっていました。その後は静岡のスタートアップ支援の企業に入社し、こちらでも仕事に奔走する毎日。当時は、睡眠時間を削って働いていました。土日も関係なく仕事が頭を離れず、食事もコンビニで手軽に済ませることが多かったですね。
しかし、体は正直でした。ニキビができたり、ホルモンバランスが乱れたり…。鏡を見れば明らかなサインは出ていたはずなのに、当時の私は「別に気にしなくても良いか」と軽く受け流していました。

── その無理がある日突然、形となって現れたのですね。

きっかけは、たまたま受診した婦人科での検査でした。そこで病気が見つかったのですが、告げられた瞬間はどこか他人事のようで、ただポカーンとしていたのを覚えています。 自分では、「そこまで無理をしているつもりはなかった」というのが率直な感想でした。後から思い出したのが、前職を辞める時に管理職の方から言われた、とある言葉でした。「女性管理職の6〜7割が、婦人科系の治療を経験している。身体には十分に気をつけなさい」と。その時、ようやく「人ごとではなく、誰にでも起こりうることなんだ」と、理解したのを覚えています。

静岡で触れた”郷土愛”が、岩手へのUターンを後押しした

── その後、岩手へ戻る決意をされたわけですが、その理由は何だったのでしょうか?

岩手に戻る前、静岡県に3年ほど滞在していました。そこで感じたのは、静岡の人たちの”郷土愛”。皆、自分の街をとても誇りに思っているのです。「静岡っていいでしょ?」と真っ直ぐに愛を語るんです。その姿が、当時の私にはとても眩しく、少し羨ましく映りました。
そして、自分の故郷である岩手はどうだろう、と考えたのです。
岩手の人たちは、どこか自虐的で、謙遜しすぎるあまり、ネガティブな発信をしてしまいがちだと思っています。「岩手なんて何もないから」「こんなところ、よく来たね」という言葉をよく耳にします。でも、外から俯瞰して見れば、岩手には誇れるものが山ほどあるんですよ。
「こんなに素晴らしいものがあるのに、もったいない…」
そんな想いが徐々に膨らみ、「岩手に誇れるものを、自分の手で作りたい」という決意に変わっていきました。

── 岩手に戻り改めて感じた「岩手の良さ」と「課題」について、教えてください。

県外に出て気づいたのは、岩手は一次産業が本当に盛んで、素晴らしい素材を作っているということです。でも、課題も同時に見えました。
岩手は一次産業で止まってしまっているんです。
良いものを作るけれど、それに価値を付加して消費者に届けるのが少し苦手だと思っています。上流の生産部分は担うけれど、それを製品化したり、PRしたりする部分は他県や外部に頼ってしまっているのが現状です。岩手発のブランドが少なかったり、素晴らしい工芸品や特産品があっても、それを現代のライフスタイルに合わせて応用し、新しい波及効果を生み出す力がまだ弱いと感じています。
一方で、地域の良さ・魅力を地域外の人に気づいてもらうことで、逆輸入的に地域の方も「地域の魅力の再認識」につながり、地元を誇れるようになっていくのではないかと考えています。結果的に、それが地域全体の活気につながると信じています。

MBAでビジネスを体系的に学び直し、「未病」へのアプローチを決意

── 起業を選択をする中で、特に「未病(みびょう)」というテーマに惹かれたのはなぜですか?

「未病」とは、病名がつく前の不調の状態です。五月病のような精神的なものから、自覚症状のない身体の重だるさまで、その種類は人によってさまざまです。
私自身の病気もそうでしたが、ガンガン働いている人ほど、自分の身体を蔑ろにし、歪みを見過ごしていると感じています。特にスタートアップの世界で、何十億という資金を動かし戦っている人たちが、ボロボロになりながら走っている姿を見てきました。
スタートアップ経営者に限らず、過去の私のように毎日仕事に打ち込んでいる方、また日々の育児や家事、介護など、さまざまな形で気づかないままに身体を酷使している方も多いと思います。私自身の原体験をもとに、そうした日々頑張っている人にそっと寄り添えたらという想いがこのテーマにこだわった理由です。

── MBA(経営学修士)の取得もされていますよね。

はい、早稲田大学の夜間MBAに通いました。20代から50代まで、さまざまな年代の社会人が集まり、これまで自分が経験してきたビジネスを体系的に学び直したり、実践的なケーススタディを通じて、理論をもとに現場で使える分析力・判断力・問題解決力を鍛えていくような場です。
現場でのジレンマをどのように解決していくか。銀行員、大手メーカー、コンサル、家業を継ぐ人……多様なバックグラウンドを持つ仲間との議論は、私の視野を大きく広げてくれました。
そして、大学院2年目の8月、「株式会社sott」を設立しました。

「ホップ」という宝物を、心と体を整えるプロダクトに

── なぜ、東北のホップを事業の核に据えたのでしょうか?

岩手はホップ生産量日本一です。一般的にビールの印象が強い中で、私はホップの持つ学術的なエビデンスに注目しました。
修士論文を書く際、海外の論文を読み漁りました。そこで分かったのは、ホップには、さまざまな健康機能成分が含有されていること。そのなかでも、ホップのもつ睡眠改善効果や女性ホルモンバランスの安定化といった効果に着目をしました。
ビールメーカーの研究所などが中心となって研究されてきたホップですが、それを香りとして、心と体を整えるプロダクトとして昇華させたい。手に取れる商品として、岩手をはじめとした東北の一次産業に付加価値をつけたいと考えたんです。

▲国内ホップの9割は東北産。癒しのハーブとしての一面もあります。

── 商品開発にあたって、農家さんとの繋がりを作るのは大変だったと思います。

最初は全く”つて”がありませんでした。農家さんの情報は、あまり表に出ていないんです。そこで、生産地の自治体に「農家さんと繋がりたい」と連絡を入れました。Facebookでアプローチしたこともあります。
そんな中、日本酒好きが高じて秋田県横手市に移住した、というホップ農家さんとつながることができました。一般的なホップ農家さんは、8〜9割が大手ビール会社への契約栽培と言われており、良くも悪くも依存環境にあります。大手メーカーの撤退や縮小が起きれば、死活問題となってしまうんです。この横手市の農家さんは、地場での消費に力を入れ、持続可能な農業を目指しておられる方でした。
メーカーに卸す分以外の数割を地元で消費し、自分たちのブランドを作りたい。そんな方々の想いと、私の「未病ケア」という目的が合致したんです。

── 商品開発にあたって、農家さんとの繋がりを作るのは大変だったと思います。

Sottの由来は2つあります。一つは「Standing On TipToe(背伸び)」の頭文字から。そこに、日本語の「そっと寄り添う」という響きを重ねました。頑張りすぎている人、背伸びしてチャレンジしている人に、ひと息つける瞬間を提供できればと思っています。
ロゴや世界観づくりは、自分たちで手を動かして作り上げました。岩手の冬の空気は、透き通っていて、凛としていて、大地や木々の生命力を感じるので、とても好きなんです。そんな力強さと優しさを共存させたブランドでありたいと思っています。

▲自然の情景を切り取った香りのラインナップ。インテリアに馴染む洗練されたボトルデザインで、枕元に置いておきたくなる一品です。

理想の働き方と、自分を保つためのルール

── 高橋さんにとって、理想の働き方とはどのようなものですか?

実は、「これが正解」という固定の型は持っていないんです。ライフステージによって、ベストなバランスは変わっていくものだと思っています。
ただ、仕事とプライベートの垣根はあまり意識していないかもしれません。
仕事で知り合った人がプライベートでも繋がり、アメーバのように広がっていく、という経験を多くしてきました。無理に分けるのではなく、その時々で力を入れたいところに重心を置くことが大切だと思っています。
どうしても”やらなければならいことに忙殺されてしまう時”や、”今頑張らないといけない時”もあると思います。それはそれで頑張りつつ、ひと息つけるときにふっと息をぬけばいいと思うんです。
その形は十人十色、人それぞれで良いと思っています。

── 忙しい日々を送られているかと思います。心と体のバランスのコントロールはどのようにされていますか?

昔の働き詰めの頃と違うのは、意図的にリフレッシュを組み込むようになったことです。
一人で根を詰めていると、思考がまとまらなくなってしまいます。そんな時は、人と話すようにしています。クライアントや仲間、知人に自分の考えをアウトプットすることで、客観的な視点を取り戻せます。
あとは、物理的に体を動かすことも大切ですね。ジムへ行ったり、サウナでデトックスしたりしています。何も考えない時間を作ることで、脳をポジティブな状態へリセットしています。

岩手の人々に小さな勇気が生まれる未来を

── 今後、Sottを通じてどのような岩手の風景を作っていきたいですか?

一番の願いは、「私でもできるかも」と思える挑戦者を増やすことです。
新しいことにチャレンジしていく人が増えることで、産業の活性化や、雇用の創出、地域に新たな風を吹き込むことによるポジティブな効果がどんどん出てくるように思っています。
また、同じ仕事をしていても、地方というだけで賃金が安くなってしまうという現状を変えたいと思っています。適切な競争が生まれ、賃金水準が上がり、やりがいのある雇用が確保される未来を描いています。
Sottというブランド立ち上げは、まだまだ小さな挑戦にすぎませんが、その姿をみて「あの人ができるなら、私もやれるかも」という人が、1人でも増えていくキッカケになれれば嬉しく思います。

▲岩手のホップに新しい価値を。事業構想を語る高橋さんの表情は輝いています。

不安を小さく分解して、今の自分にできる一歩を見つけよう

── 最後に、進路に迷ったり、岩手で働くことに不安を感じている若い世代へメッセージをお願いします。

何色にでもなれるという可能性は、若い世代だけの特権です。挑戦のリスクが少ない時期である一方、先の見えない不安がブレーキをかけてしまうこともあると思います。
もし不安を感じているなら、その不安の要素を分解してみてください。「でも、○○だからできない」という言葉の裏にある「でも」の正体を突き止めるんです。お金なのか、スキルなのか、それとも周囲の目なのか。そして、それぞれ解決する順番を決め、今からできる小さなステップを考えてみましょう。
一気に100を目指す必要はなく、小さくても良いので、まずアクションを踏んでみることこそが大事な一歩です。
私自身、30歳を目前にした時期に、何もせずに一年が過ぎてしまうのでは、といった停滞への不安があり、MBAというアクションを選びました。そしてこの行動が、今の私に繋がっています。
夢がなくてもいいですし、大きな目標がなくてもいいのです。ただ、半年後、1年後の自分とのギャップを埋めるための具体的なアクションを起こしてみてください。
その一歩が、いつかあなただけの「誇り」に変わるはずです。

終わりに

高橋さんの言葉からは、かつて身体のサインに気付かずに続けた経験に裏打ちされた「強さ」と、誰かの心へ「そっと」寄り添うしなやかさが伝わってきました。 未病というテーマを軸に据えながら、持続可能な形で地域へ貢献していく独自のスタイルは、将来への不安を抱えている岩手の若者たちにとって、これからの働き方や生き方を明るく照らす光となるはずです。
また、「不安を要素分解すれば、今の自分にできる小さな一歩が見つかる」という言葉には、温かな励ましと確かな説得力がありました。自分らしく、そして楽しみながら道を切り拓く高橋さんの挑戦が、これからの岩手を確実に温かい色に変えていくでしょう。今後のますますのご活躍を心より期待しています。

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取材・執筆:ChrisDesign 菊池 春香

投稿:Co.Nex.Us運営